ふるさとに寄する讃歌 ちくま文庫 坂口安吾全集1 初出誌:「青い馬」 発行年月:S6.5 雪国の陰鬱な軒に、あまり明るい空が、無気力や、辛抱 強さや、ものうさを、強調した。鉛色の雪空が、街のど の片隅にも潜んでいた。 戻る | |
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傲慢な眼 ちくま文庫 坂口安吾全集 初出誌:「都新聞」 発行年月:S8.1/8〜1/9 一面に松とポプラと繁茂した林であったが、その木暗い 片隅に三脚を据えて、画布に向っている傲岸な眼を発見 した。傲岸な眼は六尺に近い大男であったのに、破れた 小倉のズボンや、汚い学帽によって、まだ中学生の若さ であることが分った。 戻る |
おみな ちくま文庫 坂口安吾全集1 初出誌:「作品」 発行年月:S10.12 九つくらいの小さい小学生のころであったが、突然私は 出刃包丁をふりあげて、家族のうち誰か一人殺すつもり で追いまわしていた。原因はもう忘れてしまった。勿論、 追いまわしながら泣いていたよ。せつなかったんだ。兄 弟は算を乱して逃げ散ったが、「あの女」だけが逃げな かった。 戻る | |
流浪の追憶 ちくま文庫 坂口安吾全集14 初出誌:「都新聞」 発行年月:S11.3/17〜3/19 私のは精神上の放浪から由来する地理上の彷徨だから場 所はどこでもいいのだ。東京の中でもいい。時々一思い に飛び去りたくなる。突然見知らない土地にいたくなる。 土地が欲しいのではなく、見つめつづけてきた自分が急 に見たくないのだ。 戻る | |
母を殺した少年 ちくま文庫 坂口安吾全集2 初出誌:「作品」 発行年月:S11.9 そして卓一の心の奥に、現実の母はまったく死滅し、別 の然しまことの母がひそかに棲んでしまったことに、彼 は冷たい罪悪を意識しながら気附いたのだった。 戻る |
西堀通 |
新潟の酒 ちくま文庫 坂口安吾全集14 初出誌:「新潟新聞」 発行年月:S11.12/10(11付) 尾崎士郎氏が月々の酒代に怖れをなして相談をもちかけ てきたので義兄の紅村村山真雄氏が「越の露」の製造元 であり、かねて知人関係へは一斗十円でわけてくれる例 があったところから、紹介した。これが非常な好評で、 尾崎方で一杯グッとひっかけた輩がわれもわれもと紹介 状を書かせにくる。地酒宣伝の功績甚大なものがあるが、 私のは売元の方が損をしている酒なので自慢にならない。 戻る | |
気候と郷愁 ちくま文庫 坂口安吾全集14 初出誌:「女性の光」 発行年月:S12.2 太陽の歓喜を最も激しく知るものは、実は雪国の人々で あるかも知れない。雪国の郷愁の中にはいつも南国が生 きているのだ。 戻る | |
どっぺり坂 |
吹雪物語 ちくま文庫 坂口安吾全集2 初出誌:『吹雪物語』竹村書房 発行年月:S13 空に降りみだれる雪は見える。然しながら、その雪が次 第に空間の下方へ降りて、地平線の高さへはいると、言 うまでもないことではあるが、平野の雪にくらまされて、 突然視界から没してしまう。それは当然なことではある が、雪の行方をみつめていると、地平線へ没するたびに、 広茫たる虚しい思いに心をなでられる思いがする。 戻る |
青春論 ちくま文庫 坂口安吾全集14 初出誌:「文学界」 発行年月:S17.11〜12 すくなくとも、僕は人の役に多少でも立ちたいために、 小説を書いている。けれども、それは、心に病ある人の 催眠薬としてだけだ。心に病なき人にとっては、ただ毒 薬であるにすぎない。 戻る | |
二十一 ちくま文庫 坂口安吾全集3 初出誌:「現代文学」 発行年月:S18.9 そのころ二十一であった。僕は坊主になるつもりで、睡 眠は一日に四時間ときめ、十時にねて、午前二時には必 ず起きて、ねむたい時は井戸端で水をかぶった。冬でも かぶり、忽ち発熱三十九度、馬鹿らしい話だが、大マジ メで、ネジ鉢巻甲斐甲斐しく、熱にうなり、パーリ語の 三帰文というものを唱え、読書に先立って先ず精神統一 をはかるという次第である。 戻る | |
地方文化の確立について ちくま文庫 坂口安吾全集14 初出誌:「月刊にひがた」 発行年月:S21.2 新しい日本を育てる力は文化だけだ。文化のみが発育の 母胎であることは古今に変りがないのだが、今日の日本 の如く、文化がその全威力を許されたということは、日 本の歴史では先例がない。このとき我々が文化への正当 な認識と教養を怠るなら、我々はせっかくの光明を自ら 吹き消して暗中へ退歩する愚を犯すこととなるのみであ ろう。 戻る |
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石の思い ちくま文庫 坂口安吾全集4 初出誌:「光」 発行年月:S21.11 私は「家」に怖れと憎しみを感じ、海と空と風の中にふ るさとと愛を感じていた。それは然し、同時に同じ物の 表と裏でもあり、私は憎み怖れる母に最もふるさとと愛 を感じており、海と空と風の中にふるさとの母をよんで いた。 戻る | |
続堕落論 ちくま文庫 坂口安吾全集14 初出誌:*「堕落論」の改題 「文学季刊」 発行年月:S21.12 人間の、又人性の正しい姿とは何ぞや。欲するところを 素直に欲し、厭な物を厭だと言う、要はただそれだけの ことだ。好きなものを好きだという、好きな女を好きだ という、大義名分だの、不義は御法度だの、義理人情と いうニセの着物をぬぎさり、赤裸々な心になろう、この 赤裸々な姿を突きとめ見つめることが先ず人間の復活の 第一の条件だ。そこから自分と、そして人性の、真実の 誕生と、その発足が始められる。 戻る | |
大神宮鳥居 |
風と光と二十の私と ちくま文庫 坂口安吾全集4 初出誌:「文芸」 発行年月:S22.1 まだ足りない。何もかも、すべてを捨てよう。そうした ら、どうにかなるのではないか。私は気違いじみたヤケ クソの気持で、捨てる、捨てる、捨てる、何でも構わず、 ただひたすらに捨てることを急ごうとしている自分を見 つめていた。自殺が生きたい手段の一つであると同時に、 捨てるというヤケクソの志向が実は青春の跫音のひとつ にすぎないことを、やっぱり感じつづけていた。 戻る |
わがだらしなき戦記 ちくま文庫 坂口安吾全集4 初出誌:*「ぐうたら戦記」の改題 「文化展望」 発行年月:S22.1 こういう私にとっては生れつき兵隊ほど嫌いなものはな かったが、然し、私は凡そ戦争を呪っていなかった。元 々芸術の仕事というものは、それ自体が戦争に似ている。 個人の精神内部に於ける戦争の如きもので、エマヌエル ・カント先生も純粋理性批判に於いてそういう表現を用 いているが、ともかく芸術の世界は自らの内部に於て常 に戦い、そして、戦う以上に、むしろ殉ずる世界である。 戻る | |
戯作者文学論 ちくま文庫 坂口安吾全集15 初出誌:「近代文学」 発行年月:S22.1 佐々木基一君より来信、「白痴」に就ての感想を語って くれたもの、私が日記をつけてみようと思ったのは、こ の佐々木君の手紙のせいだ。佐々木君は「白痴」で作者 の意図したことを想像しているのだが、実のところは、 作者たる私に「白痴」の意図が何であったか分っていな い。書いてしまうと、作品の意図など忘れてしまう。 戻る | |
反スタイルの記 ちくま文庫 坂口安吾全集15 初出誌:「東京新聞」 発行年月:S22.2/6・2/7 私がヒロポンという薬の名をきいたのは六七年前で、東 京新聞のY君がきかせてくれたのである。そのときは二 日酔いの薬というY君式の伝授で、社の猛者連中が宿酔 に用いて霊顕あらたか、という効能がついていた。 戻る |
大神宮 |
わが戦争に対処せる工夫の数々 ちくま文庫 坂口安吾全集5 初出誌:「文学季刊」 発行年月:S22.4 私は戦争を「見物」したかったのだ。死んで馬鹿者と云 われても良かったので、それは私の最後のゼイタクで、 いのちの危険を代償に世紀の壮観を見物させて貰うつも りだった。 戻る | |
てのひら自伝-わが略歴- ちくま文庫 坂口安吾全集15 初出誌:「文芸往来」 発行年月:S22.5 人間は生れた時から人のふったサイコロで出てきた天来 のかけの子供なのだから、我々の文化が自由意志などと 大声シッタしてみても砂上楼閣、化けの皮がはげ、知識 のあげくは不自由へかけ戻る。 戻る | |
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教祖の文学−小林秀雄論− ちくま文庫 坂口安吾全集15 初出誌:「新潮」 発行年月:S22.6 小林秀雄という落下する物体は、その孤独という詩魂に よって、落下を自殺と見、虚無という詩を歌いだすこと ができるかも知れぬ。 戻る |
スポーツ・文学・政治 ちくま文庫 坂口安吾全集15 初出誌:*連載 「近代文学」 発行年月:S24.11 評論家は、ボクの人物や作品の最後の統一点がどこにあ るか見つけようとして困っているらしい、が、統一はあ るね。仏教だろうという人もあるが、仏教の東洋的ニヒ リズムではない、まあ一番近いのはチエホフだろう。 戻る | |
落語・教祖列伝 兆青流開祖 ちくま文庫 坂口安吾全集7 初出誌:「オール読物」 発行年月:S25.11 それはホラブンの絶え間なしにつぶやいている呪文であ る。「チョーセイ、チョーセイ、チョーセイ、チョーセ イ」 戻る | |
安吾新日本地理 秋田犬訪問記 -秋田の巻- ちくま文庫 坂口安吾全集18 初出誌:「文芸春秋」 発行年月:S26.11 私の生れた新潟市と秋田市はよく似ている。まったく同 じものは裏町である。裏町の中流の庶民住宅である。 (中略)そして傾いた屋根の下に、長い一冬の雪の下に、 アキラメと楽天との区別のつかないアイノコが人々の心 にしみつき、育って行くのである。 戻る |
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安吾新日本地理 高麗神社の祭の笛 -武蔵野の巻− ちくま文庫 坂口安吾全集18 初出誌:「文芸春秋」 発行年月:S26.12 ともかく扶余族の発祥地はハッキリしないが満洲から朝 鮮へと南下して、高句麗、百済の二国をおこしたもので、 大陸を移動してきた民族であることは確かなようです。 戻る | |
安吾巷談 世界新記録病 ちくま文庫 坂口安吾全集17 初出誌:*連載 「オール読物」 発行年月:S27.1〜7 私は応援団というものがキライである。応援団もユーモ アを解し、美を解することを心得ていればよろしいけれ ども、たとえば対抗野球の応援団などというものは、殺 伐で、好戦的なもでのである。 戻る | |
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明日は天気になれ 神薬の話 ちくま文庫 坂口安吾全集18 初出誌:*連載 「西日本新聞夕刊」 発行年月:S28.1/2〜4/13 これぞ文明の神器と私は大そう感激して、DDT、ペニ シリン、オーレオマイシン、クロロマイセチン、テラマ イシンという神族をわが家へ勧請し、一タン緩急にそな えて崇敬をはらっている。 戻る |
明日は天気になれ 木炭の発明 ちくま文庫 坂口安吾全集18 初出誌:*連載 「西日本新聞夕刊」 発行年月:S28.1/2〜4/13 私の育った越後も寒かった。あすこにはコタツというも のがあるが、背中が寒いから、まんまるくなってコタツ に当っている。ノビノビと健全なる暖房じゃない。 戻る | |
明日は天気になれ 冷水浴 ちくま文庫 坂口安吾全集18 初出誌:*連載 「西日本新聞夕刊」 発行年月:S28.1/2〜4/13 そういう次第で冷水浴記録は十二月六日までであるが、 この不覚は今でもシャクの種で、不幸にして再び戦争が あるときはせめてこの記録を破ってやろうと考えている。 戻る | |
砂丘の幻 ちくま文庫 坂口安吾全集9 初出誌:「小説新潮」 発行年月:S28.11 生来日本趣味の、根が風流な少年で、六花会という命名 も彼の智恵である。新潟市は雪を紋章とする。雪の結晶 は六角で、六花とも称するが、人数にちなんで市の紋章 の六花を借用した次第で、バカの集りにしてはよくでき た会名だ。カルタの技芸を持ちこんだのも万吉であった。 戻る | |
ヒノエウマの話 ちくま文庫 坂口安吾全集16 初出誌:「新潟日報」 発行年月:S29.1/3 私の生まれた新潟では寸をつめて名前をよぶ癖があって、 ヘイゴをヘゴとよぶ。敬称のサンを略して「ヘゴサ」と よぶのである。音がよくない。いかにも臭そうだ。それ に新潟では弱虫をヘゴタレと呼ぶから益々よくない。 戻る | |
青い絨毯 ちくま文庫 坂口安吾全集10 初出誌:「中央公論」 発行年月:S30.2 芥川の家は僕の知る文士の家ではましな住家だけれども、 中流以上の家ではない。和風の小ざっぱりとした家で、 とりわけ金をかけたと思われる部分もなく、特に凝った 作りもない。(中略)日当りの良い家だけれども、なぜ か陰気で、死の家とはこんなものかと考え、青年客気の あのころですら、暗さを思うと、足のすすまぬ思いがし たものである。 戻る | |
諦めている子供たち ちくま文庫 坂口安吾全集16 初出誌:「暮しの手帖」 発行年月:S30.2 ここに方言を書いただけではとうてい皆さんにお分りに ならないことが一ツあるが、新潟の方言にはまるで唄う ような抑揚があって、是が非でも納得させたいと哀願し ているような哀れさと同時に自分自身を小バカにし卑屈 にしてもてあそんでいるような諦めとユーモアがある。 戻る | |
世に出るまで ちくま文庫 坂口安吾全集16 初出誌:「小説新潮」 発行年月:S30.4 少年時代の私は、学校というところはスポーツを習うと ころで、学問の勉強なぞは自分の縄張りではないときめ こんでいた。そこで授業時間は全部といっていいほど休 んで、天気のよい日は海辺で、雨の日は学校の隣りのパ ン屋でねころんでいた。 戻る | |
焼夷弾ふりしきる頃 ちくま文庫 坂口安吾全集10 初出誌:*初出誌未詳 バクダンに比べると焼夷弾は女性的で、ガラガラという 丁度ガードの下で電車の音をきくような大きな落下音を 伴うけれども、最後の爆音がないのだから、さほど凄味 を感じない。バクダンの落下音はザアーという雨のよう な音を引き、この音には充実した凄味があって、毒のあ る蛇とない蛇ぐらいの違いがあるということを壕の中で 感じていた。 戻る |